CITRON.

のん気で内気で移り気で。

東京マーライオン伝説。

突発性の飲み会の後、焼酎でいっぱいになった胃袋を抱えて電車に乗る。

「会社の空調ちょっと暑すぎねえか。今日はそろそろ切り上げて、冷たいビールでも飲んでこうぜ」

誰かが発した「冷たいビール」というパワー・ワード(使い方あってるのかな)に負けて、ふらふらと参加したものの、フタを開けてみると一杯目から焼酎の水割りで、それが最終的にお湯割りになるというような、大人の、というかハードな飲み会なのであった。

身体をゆらすと胃袋からたぷんたぷんと音が聞こえてくるような気がする。ゲップが焼酎臭い。あまりものを食べずに焼酎ばかり飲んでいたので、胃の中にあるのは大半が焼酎のはずだ。いまや僕の胃袋は大きな水筒、もしくはタンクといってもいい。胃から喉にかけての筋肉をうまく煽動させて焼酎を逆流させれば、けっこうきれいな状態の透明な液体を口から出すことができるかもしれない。

口を大きく開けて、「おあー」などと声を上げながらマーライオンのように焼酎を放水している様子を想像して、あまりのくだらなさにひとりでくつくつと笑う。
と、その時だ。
隣に座っている女性が「うるさいっ!」と叫んだのである。年齢的には僕よりも上のように見える。「おばさん」と呼ぶか「お婆さん」と呼ぶか人によって見解が分かれそうなルックスだ。
その声は車両中に響き渡るほど大きく、車内は一瞬で静かになった。彼女は誰について怒ったのだろう。僕は声を発していないはずだが、知らないうちに独り言をつぶやいていたのかもしれない。かなり酔っているので、自分の体の制御がうまくできていない可能性はなくはない。
マーライオン」とか「おあー」とか、声に出していたとしたら相当に恥ずかしいことだ。

その直後、車両の端のほうから「お前がうるせえよ」という声が聞こえてきて、車内の空気は完全に凍てついてしまった。もはや、口をきくものは誰もいない。
酔ったとき特有の高揚感も完全に吹き飛び、僕には胃袋いっぱいの酒臭い液体が残された。
少しでも揺らすとたぷんたぷん音がしそうだ。その音がもしもあの人に聞こえたら、今度こそ怒られるかもしれない。
僕は、なるべく自然に見えるように最大限の注意を払い、さりげなく口を手で押さえるのであった。