近所のスーパー・マーケットにあるコーヒー豆売場で豆を選び、レジにいる店員さんに声をかける。見慣れない顔のような気がするし、動作がどことなくぎこちないし、なんだかみずみずしいし、新しい店員さんのようだ。これはこれで春らしい光景ではある。
今日買う豆は名前がやたら長いので、それが入っているケースの番号を伝える。そのほうが店員さんにもわかりやすいだろう。ちなみ名前の長さが珍しいという理由だけで選んだので、帰宅後に豆をキャニスターに移し、入っていた紙袋を捨ててしまった今となってはもうそれを思い出せない。
「16番の豆を200グラム、挽かないで豆のままで下さい」
僕がそう言うと、店員さんはあわてた様子で豆の入ったケースに向かいながら、
「16番の豆ですね。何グラムお求めでしょうか。あと、お挽きすることもできますよ」
と答えてくれた。
豆の種類、分量、状態という、三つの情報を伝えたのだが、店員さんに届いたものは豆の種類情報のみであったようだ。割合でいうと三割ちょい。野球の打率だとすれば上出来の数字といえる。
僕は、
「そうだなあ、今日は200グラムにしようかな。あと、豆のままでお願いします」
と伝え、マニュアルを横目でみながらコーヒー豆を量っている店員さんを眺めながら、ああ、春だなあ、と思ったのであった。
……という話をすると、娘がやたらとほめてくれた。
どうやら、今晩の僕のふるまいは、大人としてはまずまずの対応だったらしい。キレることもなくあくまで普通の調子で対応し、「一回言ったじゃん」とか「二回も言わせんなよ」とか言わなかったのがよかったそうだ。
「そういう気持ちって大人はなくしがちだから、これからも忘れないように」
親指を立てながらそんなことを言われたのだが、彼女は日ごろどれだけおっかない大人と関わっているのだろうか。少し心配だ。