CITRON.

のん気で内気で移り気で。

傘がない。

「今朝はとても暖かく、コートがいらないほど」
「風が生暖かい」

……というようなことを朝のテレビで入念に言っていて、その度に、

「なるほど」
「まあ、寒いよりはいいけど」
「あまり寒暖差があるのもねえ」

……というような相づちを打っていたにも関わらず、僕は無意識にワイシャツを着てネクタイを締め、その上にセーターとコートを着込み、通勤電車の中で汗だくになったのであった。
なんなんだこの無意識というやつは。
頭と体がまったくつながっていない。

「まあ、風邪ひいてるし、暖かくしておいて損はない」

と思い込もうとしたが、汗だくという状況が風邪にいいわけがない。

帰宅時には雨風がとても強くなっていて、上下左右にあおられる傘をなだめながら、ふと僕は上司のことを思い出していた。たしか、何日か前の荒天の日、強風のせいで傘が壊れたのだ。それは自宅近くのことだったらしく、会社に来てそうそう、

「ウチの近くは傘が壊れるほど風が強かったのに、このへんはそうでもないじゃないか」

……と、愚痴をこぼしていた。

「僕も注意せねば」

……そう思った瞬間、それまでより1ランク高い強風が僕のビニール傘を襲い、頭上数センチくらいのところから「ぱん」という炸裂音が聞こえてきた。あわてて音が聞こえてきたほうに視線を移すと、そこには「かつて傘であった何か」があったのである。
金属製の骨部分は好き勝手な方向に反り、緑色のビニール部分がそれに巻き付いている。なんとかたたんではみたものの、それにより骨部分がからんでしまったようで、もう二度と開きそうもない。

「かつて傘であった何か」の処置について思いを巡らせていると、だんだん後頭部が痛くなってきた。傘が破壊されてからたたむまで、それなりにあわてていたので気付かなかったようなのだが、傘が壊れた瞬間、反った骨部分の一本が僕の後頭部を弾いたらしい。さっきの炸裂音はその時のものだろう。
気付いてしまえばそれはけっこうな痛みで、もしかしたら出血くらいしているのではないかと思われたのだが、手で触れてみても特に異変は感じられず、それはそれでなんとなく心配ではある。

厚着して出社してしまった件が「頭と体がうまく連携していない」という事象だとすると、この傘の件は、「頭で思いついたことを体に連携しようとしたが遅かった」という事象である。
これらの事象から何を学んだかといえば、

「僕はもっと用心深く生きた方がいい」

ということかもしれない。

それはそうと、僕はここ10年で4本の傘を壊したりなくしたりしているのだが、実はそれは、ここ1年で4本の傘を壊したりなくしたりした、ともいえるのだ。
それまで、傘に関してはわりと平和な日々が続いていたのに、ここ1年でトラブルが急増している。
この問題が何を意味するのか、今はうまく整理できないが、見過ごしてはいけない何かが潜んでいるような気がしないでもない。