CITRON.

のん気で内気で移り気で。

ため息、ドラクエ、ばらの花。

「ふぅ」

いつもクールな彼女のため息は予想以上に可愛らしく、僕は素直に「いいものを聞いた」と思ったのであった。彼女はいってみればクール・ビューティというやつで、必要以上のおしゃべりはしないし、表情の幅もそれほど広くはない。まあ、まだ2回しか会ったことのない人についての印象なんてあてにならないものだとは思う。
彼女は、自分の可愛いため息の理由について、特に解説はしなかった。
ただ、今日の彼女との会話、そもそも今日、会社を休んで僕が会いに行っている意味を考えれば、理由は自ずと透けて見えてくる。
つまり、診察した結果がイマイチだったのだろう。
僕の眼病の主治医であるところの彼女の提案で使用する目薬を変えてはや1か月。
経過確認ということで今日は病院に来ているのだ。

ため息の後、彼女が説明してくれた内容をざっくりまとめると、目の状態が前より悪くなっているということはなく、
「まあ、悪くはないんだけど、もうちょっといい数字が出ててもよかったのにな」
というくらいの残念感のようだ。

「まあ、まだ薬を変えたばかりですから」

というのが、今日の診察の結論らしい。
その他、

・結果としては現状維持というところだが、もうしばらく新しい目薬でいく。
・次回の検査は2か月後。
・強い薬なので、副作用として、目の充血は今までよりひどくなる可能性が高い。前回の診察でもそう説明したけど、一応、大事なことなので。

……というあたりが、今回の連絡事項となった。

薬の副作用による充血を、僕は個人的に「ウサギ化」と呼んでいる。僕の妄想の世界では、このまま副作用が進み、両目が完全に真っ赤になった後、身体中にモッフモフの白い毛が生え、顔側面にくっついている耳がぽとりと落ち、頭頂部から長い耳がにゅーっと伸びることになっている。つまり人間型のウサギになるわけだ。
完全ウサギ形態になってしまえば、使う言葉も当然ウサギ寄りになる。つまり、語尾に「ぴょん」が付くことになるだろう。
たとえば、全身がモッフモフの白い毛でおおわれて、メガネをかけてカバンを持った大ウサギが二足歩行で会社に現れたとする。彼がまず、こう言うのだ。

「おはようございまぴょん」

仕事中、上司に、

「あーキミキミ、この案件の作業管理表を作ってくれたまえ」

などと言われた時は、

「わかったでぴょん」

となるし、

「あーキミキミ、北朝鮮の首都はどこだったかな」

と問われれば即座に、

ピョンヤンぴょん」

と答える。
実に可愛い。
いや、可愛すぎる。ましてやこの可愛らしいウサギは僕なのである。
いよいよ、いわゆる「モテキ」が僕にもくるかもしれない。

夜、人と待ち合わせて花を買う。
何人かで小銭を出し合って花束を買うことになり、その代表として購入担当になった人と待ち合わせたのだ。購入担当が花を選んでいるところを後ろでニヤニヤ眺めたり、たまに助言を求められた時に「ガンガンいこうぜ」などと答えるのが僕の役目である。
花屋なんて、何か後ろめたいことがある時に切り花を2、3本買いに来るくらいで、滅多に訪れることはないのだが、花を見るのは楽しいものだ。花の種類など、桜とチューリップとヒマワリと薔薇とその他、くらいの認識しかできないのだが、名前がわからなくてもキレイだったり可愛いものは見れば楽しい。ララァ・スンも「美しいものが嫌いな人がいて?」と言っている。まったくその通りだ。

ところで。
購入担当が熱心に花を選んでいる時に、僕は他のものに気を取られていたのであった。
花屋の入っている駅ビル全体が、どうやら今週末発売の大人気ゲーム『ドラゴン・クエストXI』とコラボレーションしているようで、このビルで買い物をして、店員さんにリクエストすると、ゲーム内のキャラクターが描かれたカードがもらえるようなのだ。『ドラゴン・クエストXI』はプレイする予定なので、ちょっと気になるのである。

今日のこの花束でも、店員さんに言えばカードはもらえるはずなのだが、そのカードは、たとえば僕がもらってもいいものなのだろうか。花束の代金の一部しか出資していない僕が、おまけを独り占めするのも大人げないような気もするし、それ以前に、出資者の中でそのカードに興味がある人が僕以外にはいないような気もする。後で事情を説明したら、快く譲ってもらえるかもしれない。
まあ、僕にしたってそれほど強烈に欲しいわけでもなく、たとえカードをもらったとしても、数回ニコニコと眺めてそれっきりになってしまう確率も高い。しょせんはおまけなのだ。それほど立派なカードでもないだろう。ただ、ファンとしてはちょっと気になってしまうのだ。

それとも、花束を贈る相手に進呈すべきだろうか。そもそも、贈り物を買うことで得たおまけである。それはつまり、そのおまけもしかるべき相手に贈られるべき、ということを意味してはいないだろうか。
キレイな花束の真ん中に、キャッツ・カードのように突き刺さったドラクエのカード。
……購入担当に怒られそうな気がするし、もらった方も困惑するような気がする。

その後、何かの拍子にそのカードのことはすっかり忘れてしまい、再び思い出したのは帰りの電車の中なのであった。
それほど猛烈に欲しかったわけでもないが、自分のうっかりミスで手に入れそこねたと思うとなんとなく悔しい。
電車の中で、僕は小さく「しまったぴょん」と呟いたのであった。