CITRON.

のん気で内気で移り気で。

鼻の頭に花粉が少し。

さて。
我が家には犬がいて、彼女(女の子なのだ)とはまずまずうまくやっていて、今こうしてキーボードを叩いている間も、足元で僕の顔を見上げ、「はやおきしたのでビスケットくだたい」と言っている(ような気がする)。なかなかかわいいヤツだ、とよく思う。
それでも僕は、犬か猫かと言われれば躊躇なく「猫で」と言ってしまう系の人間で、これはもう、好みとかそういう問題を通り越して、体質的な問題なのかもしれない。

第一印象としてはけっこうきれいな顔立ちをしていて、おすまししているととてもおしとやかに見えるんだけど、実はほんの少し柄がずれている、というような猫が好きだ。
もしくは、ペットショップのショーケースの中、客の視線を一身に集め、優雅にゆったりと毛づくろいをするルームメイトを尻目に、部屋の隅で黙々と何かを掘っているとか、街中で出会うといつも顔が少し汚れていて、それは土だったり花粉だったりするんだけど、本人(本猫?)的には気にするような問題でもないらしく、尻尾を振りながら悠々と歩いている、というような猫だ。そういう猫を見ると、「これはたまらんなあ」と思い、ついつい目で追ってしまう。
……というような説明で、僕の「好きになってしまう猫」観は伝わるだろうか。説明責任は果たせているだろうか。いや、特に責任はないか。

滅多に出会うことはないけれど、そういう猫に似た人間というのは時々いる。
いつも真面目に、そつなく仕事をしているんだけど、よく見ると鼻の頭が花粉で少し汚れていて、その頭の中とカバンには何が入っているんだかわかったもんじゃない、というような人間がたまにいて、そういう人はだいたい僕の心をつかみ、僕はその人のやることをつい見てしまい、その人の言葉をつい追いかけてしまうことになる。そして、できれば仲良くなれたらなあ、とか、せめて少しお話だけでもできたらなあ、と思うようになる。

僕が「あなたはとてもすばらしい」と言いたくなるような人の特長を簡単にまとめると、「滅多に出会えない鼻の頭が花粉で少し汚れているような人」になるんです、などと言っても何がなんだかよくわからない。うまく言葉にできないことに「ほとばしれ、私の文才!」と叫びたくもなるが、ただ、僕がすばらしいと思う要素が、一般的な意味での誉め言葉にならないことも多いような気はする。「すごくほめてくれると思ったらそこなのかよ!」ということはけっこう多い。

いきなり何を言い出すのか、という話題の転回をすると、女性のお尻については、僕はおそらく通常よりやや大きめで、できれば縦よりも横に広いタイプのものを愛でる人間である。ここだけの話、ウチの娘がまさにそういう臀部の持ち主なので、だから当然、その部分に関しては機会がある度にほめちぎることにしていたのだが、ある日、僕の好きなサイズ感についての真相について娘が知ってしまい、それ以降、臀部をほめるとグーパンチ込みで怒られるようになってしまった。
つまりはそういうことなのだ。僕がほめたからって、それがなんらかの栄誉になるとは限らない。

おもしろい【面白い】
①楽しい。愉快だ。
②興味をそそる。興味深い。
③こっけいだ。おかしい。
④(多く、打ち消しの語を伴う)心にかなう。好ましい。望ましい。
⑤景色などが明るく広々とした感じで、気分がはればれとするようだ。明るく目が覚めるようだ。
⑥心をひかれる。趣が深い。風流だ。
(『大辞林・第三版』より抜粋)

今後、この文章に「面白い」という言葉が出てくるとしたら、それは②、⑥の意味になる。

「滅多に出会えない鼻の頭が花粉で少し汚れているような人」に話を戻す。
そういう人とのコミュニケーションは、僕にとっては相当うれしいことなのだが、それが相手にちゃんと伝わっているのだろうか、と心配になることがある。「このおっさん何を一人で盛り上がっとるんだ」とか思われていないだろうか。
僕が、あなたのその、普段はあまり表に出すことのないある部分について、ものすごく面白いと思っているということがきちんと伝わっているのだろうか。あなたとの言葉のやりとりが予想以上に面白すぎて、ついつい僕ばかりが楽しくなってはいないだろうか。僕があなたに対して思っている「面白い」の半分でも、僕はあなたを面白がらせていただろうか。
真面目に反省しだすと頭を抱えたくなるが、とはいえ、現時点の自分にできるだけのことをしたあげくの果ての今なのだ。
放ちたい言葉もたくさんあり、聞いてみたい言葉もたくさんあったはずだが、顔を見ると思いが空回りして口をぱくぱくさせてしまうのが今の僕なのである。

今、僕が思う「滅多に出会えない鼻の頭が花粉で少し汚れているような人」が、僕のわりと近くにいる。とはいえ、その近さはあくまで物理的な距離でしかなく、日中に、その姿を見るとか、なんらかのコミュニケーションを取るとか、そういうチャンスはあまりない。それでも僕は、時間をかけて、彼女の底知れぬ面白さを知ることになり、たとえば今、彼女のことを考えると、思い出し笑いが止まらない。

この度、彼女が新しい冒険をはじめることになり、僕の可視領域から消失することになった(なんですかこの中二病くさい言い回しは)。それについては率直にさみしく思うが、それと同じくらい、その冒険に幸多いことを心の底から祈る。

まだまだ冒険は続くのだ。
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