CITRON.

のん気で内気で移り気で。

かくれロクシタン。

我が家は4人家族で、性別で分類すると女が3、男が1になり、種族で分類すると人間が3、犬が1になる。そういうこぢんまりしたユニットなので、その中のふたりが共通した意見を持ち、それを主張してきた場合、それは無視できない一大勢力となる。

娘に、こう言われたのだ。

「今使っている、あのろくでもないニオイのシャンプーを捨ててほしい。これはお母さんも同意見だ」

たしかに、先日買ったシャンプーはかなり独特の香りがして、個人的にも「次はないな」と思ってはいたのだ。あまりにも不思議な香りだったので容器に書いてある記載事項を確認すると、香りに関することはどこにも書かれていなかった。もしかしたらメーカーとしても、香りについてはあまり触れて欲しくないのかもしれない。ざっくり言ってしまうと「中年になることで降りかかることのある頭髪まわりの不幸な事態」を避けることが目的のシャンプーなので、香りについてはあまり重要視されていないのだろうか。ちなみに、このシャンプーを作っているメーカーはけっこうな大手で、テレビでCMをばんばん流しているような有名企業ではある。

それにしても、使っている途中のものを捨ててもいいというのは、日々つつましく暮らしている我が家の人間にしては珍しい太っ腹対応だ。つまりはそれだけ耐え難いニオイだったのだろう。娘の話を聞いてみると、僕が使ったあとのバスルームのニオイが「頭がおかしくなる」というような状況になっているらしい。それを何かに例えるとすると、「自動車の中のニオイ」なのだそうだ。 世の中には、自動車の運転をするのが大好きな人が大勢いて、車の中こそ落ち着く、という人もたくさんいるとは思うのだが、ウチの娘はけっこうな車酔い体質なので、どうしても自動車関連は「好ましくないもの」の例として出てくることが多い。
とにもかくにも、使っている当事者よりも周囲の人間のほうが明らかに不快な気持ちになっているという理由は、悪臭の根源が残り香というところにあるようだ。

さっそく、入浴時にシャンプーを廃棄する。
バスタブに入った状態で、シャンプーの容器を開け、中身を床に出す。まだあまり使っていなかったから、けっこうな量の白濁した液体が床に広がる。思ったより粘度が高く、素直に排水口に流れていってくれそうもなかったので、シャワーのお湯をかけてみたところ、30秒後くらいにはバスルームの床全体に真っ白に泡だったシャンプーが広がってしまった。

「きれい……まるで雲の上のよう……」

……とまでは思わなかったが、なんだか面白い展開になってきたので試しに泡の上に足を下ろし、異常に滑る状態であることを確認する。
それなりに痛い思いをした後、シャワーと手の動きを駆使して泡を流す。こんなところで転倒して、万が一のことがあったら大変だ。

「中年サラリーマン怪死。遺体はくまなく泡だらけ」

……僕の不幸な事故が、このように扱われ、家族や親戚友人知人に「あいつ、風呂でなにして遊んでんだよ」みたいに思われたりしたら草葉の陰でめそめそと泣いてしまうかもしれない。

ところで。
僕は香りというものにほとんどこだわりはないのだが、かといって完全に無頓着というわけでもなく、小物を入れる僕の引き出しには、ソリッド・パフュームの小さな缶が入っている。ちなみにロクシタンのシトラス・ヴァーベナというシリーズのものだ。とはいえこれは6年くらい前に買ったもので、久々にフタを開けたら「およ、こんな香りだったっけ」というような匂いがした。
たまにお店に入って、様々な匂いをかいでいるうちになんだかわけがわからなくなり、そんな中、「これが一番落ち着く……と思う」とかなんとか考えながらおそるおそるハンドクリームやソリッド・パフュームみたいな「わりと手が出やすいもの」を買ってみたりするのはそれなりに楽しいことであった。ただ、ロクシタンは真面目に付き合うと(あくまで僕の感覚ですが)ちょっとお高いとか、その他細々とした理由があって現在は活動無期限休止状態だ。

今回、香りに関する文章を書こうと決めた瞬間、頭に浮かんで離れなくなった「かくれロクシタン」という言葉をなんとかタイトルとして成立させるべく、最後に無理やりロクシタンのことを書いてみた次第である。