CITRON.

のん気で内気で移り気で。

赤くもなく彗星でもない私の「通常比3倍」とは。

嫌いではない、いやむしろ時と場合と相手によっては好きなはずなのだが、上手くない。
僕にとって人と会話するということはそういうことなのかもしれない。

先月から、ずいぶんと歳の離れた後輩が配属され、座席が隣になった縁でよく話をするようになったのだが、会話というものは難しいなあ、と日々実感している次第なのである。他愛もない雑談はともかく、何かを教えるということがなかなか難しい。教えすぎてもよくないような気がするし、教えなさすぎるのもどうかと思うし、僕の話した言葉が彼にどの程度受け取られたのか予想しつつ、適切と思われる量の言葉を選ぶのはけっこう疲れる作業になる。
伝えたい内容について誠実に考えば考えるほど言葉の分量を間違えているような気がする。大事にしたい会話に限って、僕の言葉は多すぎるか、もしくは少なすぎる。根本的なことをいえば、僕は話し下手というやつなのだろう。

彼自身が、自分に割り当てられた場所にどういうスタイルで座るのかというようなことを意識するようになるまで、ほどよく調子に乗らせてあげることができれば、と思う。そもそも僕はそんなに難しいことは教えてあげられないので、できることといえばそれくらいしかないのである。
調子に乗らせるというのは変な言い方なのかもしれないが、新しい環境に慣れる前に会社に来るのがイヤになってしまうのはもったいない。「会社に行きたくねえなあ」なんてことは、もっと後でいくらでも考える時間がある。僕なんかは入社以来数百年、いまだにそんなことばかり考えている。

というわけで、ここ数週間はやたらと疲れているのだ。
普段は仕事中にこちらから誰かに話しかけることはほとんどないから、業務時間内に仕事っぽいことを話すというだけで疲れてしまう。なるべく間違いのないことを伝えようとするだけで頭はフル回転だ。
この疲れは、体感的には通常時の3倍だ。ということはつまり、1日で3日分、月曜から金曜の5日間で15日分の疲れが蓄積されるということだ。
こんな換算をしたところで意味はなく、逆に疲労を見える化した分、よりとほほ感が強まってしまったような気がしないでもない。