CITRON.

のん気で内気で移り気で。

カメラの中、3秒間だけ僕らは。

思ったよりも外の気温は低かった。
とはいえ寒いというほどでもなく、Tシャツにカーディガンだと首回りがやや涼しい、というくらいのものだ。感想には個人差があります、というヤツだとは思うが、個人的には気持ちのいい涼しさといっていいと思う。

歯医者に向かう途中の路地を歩いていると、近くのマンションから家族と思われるグループが出現した。第一印象としては、母親と、長女、長男、次女という構成に見える。もちろんこれは僕の推測なので、実は全員血縁関係がない、という可能性だって否定はできない。
母親(予想)は片手にカメラを持っている。デジタル一眼というやつだ。マンション前のどうということのない歩道に子供たちを並ばせ、写真を撮るつもりらしい。長女(予想)はセーラー服を、長男(予想)は野球のユニフォームを、次女(予想)はパーカーにデニムのミニスカートをそれぞれ着ていて、セーラー服とユニフォームには真新しい服特有のぱりっと感がある。もしかするとこれは、来年の年賀状用の写真撮影なのかもしれない。今日撮った写真に、

長女:中学生になりました。
長男:野球のチームに入りました。
次女:特になにもありませんでした。

……というようなコメントを添えたりして。

そういえば、何年か前までは、僕もわりと熱心に年賀状を作っていたのだ。撮りためた娘の写真を使って、ちょっとカッコつけたというか、気取った感じのものを複数バージョン作り、友人用とか親戚用とか、出す相手によって使いわけたりしていた。どのバージョンもそれなりにすかした感じに仕上がっているので、今見たらきっと恥ずかしくて気を失ってしまうだろう。

親子(予想)のそばを通り越すとき、母親(予想)が熱心に子供たち(予想)に指示を出している声が聞こえてきた。なんだかとても楽しそうだ。そうだよねえ、写真を撮るのは楽しいよねえ、と思うが、これもまた、感想には個人差があります、というやつだろう。
なんでも病気のせいにするのも芸がないが、目玉がポンコツになってから、あまり熱心に写真を撮らなくなってしまった。かろうじて、外出するときにはバッグに小さなカメラを忍ばせておくという習慣が残っているくらいだ。

絵心のまったくない僕にとって、見たイメージを手元に残すことができるカメラというものはとんでもなくありがたく、そして頼りになる機械なのである(「ご主人、スケッチ下手なんだろ、OK、俺がかわりに記録しておいてやるよ」カメラ談)。ご主人である僕は、その時々に興味のあるものに向けて、レンズを向けていればいい。娘が写真を撮らせてくれた頃は、娘の写真をたくさん撮ったし、猫を飼っていた頃は(本人、というか本猫に嫌がられるほど)猫を撮っていたし、送電鉄塔とか、電車の架線をぶら下げている複線ワイド架線柱とか、信号とか、踏切とか、そういったものの写真ばかり撮っていたこともある。歩道橋に上がる度に、そこから見える景色を撮っていた時期もあった。

僕が撮ってきた写真の大半は、自分以外にはあまり価値のないものだ。僕が写真を溜めこんでいるフォルダには華やかさのかけらもないが、個人的には「そうそう、これなんだよ」と思っている。
でも、そういう写真をそっとインターネットに放流すると、たまに「あ、その感じわかんなくもない」と思う人がいることがわかる。もちろん、そういう人は世界の中のひとりかふたりくらいものなのだろうが、そういうことがわかるという意味でInstagramという仕組みはなかなか面白い。いわゆる「インスタ映え」とは逆の方向の面白がり方になるのかもしれない。

……というようなことを考えていたら、ファインダーを覗いて撮るようなカメラを久しぶりに触ってみたくなった。今、僕の手もとにあるその手のカメラは、「修理するより買い直した方が安上がり」で「中古屋に売っても値段が付かない」という宣告を受けた古い故障機なのだ。
新しいカメラを触るなら、あまり大きくなくて、でもレンズが交換できて、スイッチをオンにしたらすぐに撮影ができるやつがいい。今どきのカメラならどれでもきれいに撮れるだろうし、すごいテクニックを駆使して撮影するほど器用ではないのだけれど、露出補正がやりやすいと言うこと無しだ。僕の効き目は左なので、ファインダーも左目で覗くことになる。幸い、左目のほうが症状が軽いから、それほど困ることもないだろう。

ところで。
歯医者の治療は今日でひとまずおしまいになった。よかった。これでまた、あごが痛くなるくらいガムを噛むことができる。
半年後くらいの点検を勧められ、その頃になったら連絡がもらえるらしい。なので僕の診察券は、次回予定のところに「2018年10月頃」と記入してある。アバウトな感じがなんとなく可愛らしい。
銀河鉄道999の定期券に書いてある「無期限」とか、なめ猫の免許証に書いてある「死ぬまで有効」という文言をふと思い出した。今回の歯医者の件と、似たところがあるような、ないような。