CITRON.

のん気で内気で移り気で。

もうすぐ雨が降る。

朝6時半の時点では曇り空だが、今日はこれから雨になるらしい。そういうことであれば、今のうちに犬の散歩に行っておいた方がいいだろう。

本来、犬の散歩は僕の担当ではないのだが、我が家でこの時間に起きている人間は僕しかいない。気配を察してそっとテーブルの下に隠れようとする犬をつかまえて散歩に出た。今朝みたいに寒い日は、犬としても気乗りがしないのだ。気持ちはわからなくもないが彼女は散歩の時しかトイレをしないので、行かないという選択肢は基本的にない。

「寒いね犬」
「そうだな人間」
というような会話をしつつ近所を徘徊する。
しばらく歩いていると、向こうから同じように犬を散歩させている人がやってくる。うちの犬と犬種は同じで、2頭連れている。一応書いておくと、飼い主の人種も僕と一緒のようだ。
飼い主がこちらを見て「ああ、おはよう」と言ってきた。初対面にしてはやたらとフレンドリーな人だなと思ったのだが、飼い主の視線はウチの犬のほうを向いている。どうやらウチの犬と知り合いらしい。
「雨が降る前に、(散歩を)終わらせちゃおうって感じですか」
「そんな感じです」
というような会話をする。今度は僕と飼い主で。
常々思っていたのだが、自宅の近所という意味でいうと、僕より犬のほうが顔が広いような気がする。

近所をうろうろしながらちらちらと桜を探してみる。
上半身がピンク色になっている木、というくらいの雑な検索の結果では、この辺にはまだ満開になっている桜はないように思われる。一本だけ、上半身くまなくピンク色になっている木があったので近づいてみたのだが、満開ではあったが少なくともソメイヨシノではなかった。それはピンク色の花なのだが、花びらが妙に長い。良くいえば妖艶、悪くいえばだらしない感じがする。

帰宅直前、さっきの飼い主とまたすれ違う。
「(雨が降る前に)間に合いましたね」
「ですね」
というような会話をする。今度も僕と飼い主で。

帰宅後、さっきの花(だらしないとか言ってすみません)について何かわからないか、インターネットで調べてみたのだが、わかったことは「あの時もっとちゃんと見ておけばよかった」ということだけだった。調べながら、どんどん記憶があいまいになっていく。他人の庭の花なので写真を撮るのは遠慮したのだが、やはりあの時こっそり撮ればよかったんだよ、と、僕の中にいる「悪魔の衣装を着た僕」が耳元でささやく。

窓に雨粒が当たる音が聞こえてきた。
「寒いね犬」
「そうだな人間」
というような会話とする。
今度は僕と犬で。