CITRON.

のん気で内気で移り気で。

誰がためにお湯は沸く。

夕方、自宅からLINEが来る。
自宅からLINEが来ることはあまりないので、もしや一大事かと思い送られてきたメッセージを読んでみると、「突然風呂が沸いた」というものであった。
この瞬間、早朝に風呂に入りたくて昨夜タイマー設定したにもかかわらずバスタブの中は水のままで、それを知らずに勢いよく突っ込んだ右の足が大変なことになった件の真相がわかったのであった。つまり、タイマーを設定する時刻の午前と午後を間違えたのだ。
そういう事情を知らない家族にしてみれば、いきなり鳴り響く電子音と高らかに宣言される「オフロガワキマシタ」というコメントはそこそこビビるものであったのだろう。突然高度な知能を得てしまった風呂釜に搭載された小さなコンピュータが我ら人間に反乱を起こしたとか、もしくは単に故障したとか、とにかくなんらかの事件が発生したと思ってしまったのかもしれない。
「まあまあ、あわてなさんな。ここはあせったほうの負けだ。はやいところ事件の真相を究明したい気持ちはわかるけど、まずはリラックスすることを考えてみればどうたい? そう、たとえば、お風呂に入ってみるとか、ね」
……という、まったく上手くもなんともないコメントが頭に浮かんできたのだが、こういうときにしくじると後がとても大変なので、このコメントは不採用ということにした。
そして僕は、しばし考えたあと、返信のメッセージとして、まずはこう書いたのであった。
「ごめんなさい」