CITRON.

のん気で内気で移り気で。

よりそう犬は秋の季語。

たとえば今夜のように、涼しくなってくると寝る時に犬がくっついてくる。
横になっている僕のどこかに、犬はそっと背中をくっつけて眠る。
眠る前に、そこらへんのにおいをかいだりその場でドーナツ状にくるくると回転したりして寝場所を決め、やれやれ安心、といった風に「はふん」というため息だか鼻息だかわからない音を出す。
控えめにいって、大変かわいらしい。
一応、飼い主ぶって(いや、飼い主なのだが)、すり寄ってくる犬に「しょうがないなあ」とか、「これじゃ身動きできないよ」などと言っては見るのだが、口の端が微妙ににやけている自覚はある。

これが、一晩中くっつかれると本当に身動きがとれなくなるのだが、この秋冬特有のルーティンは持続時間が5分くらいしかないのである。ついさっき、いかにも「やれやれ安心」といった風情で眠りについたはずなのに、だいたい5分くらいですっくと立ちあがり、少し離れたところで寝なおすのである。
それについては気になることがあって、立ち上がり、移動する前に、必ず僕の顔を数秒、じっと見つめるのだ。それも、さみしそうな顔で。
彼女(雌犬なので)はなんで、こんなにもさみしそうなんだろう。

世の中には犬や猫と話が出来る人間というのがいて、たとえば僕の母などは真顔で「猫とは話ができる」と断言するのでちと怖いこともあるのだが、残念なから僕にはそういう能力はない。
ただ、会話はできないが、コミュニケーションをとることはできると思っていて、僕は彼女が思っていること(お腹が空いた、遊びたい、眠い、散歩行きたくない、体を洗いたくない、外から知らない人の声とか聞こえるとチョーむかつく、等)はなんとなくわかると思っているし、彼女も僕が思っていること(今は機嫌がよさそうなのでおやつがもらえそうだ、さっき噛んだから怒っている、さっき外のチョーむかつく人に吠えたから怒っている、散歩のあとに足を洗われるのがいやで白いTシャツにパンチしたから怒っている、等)はなんとなく察していそうに見える。
とはいえ、この時のさみしそうな顔の意味はわからない。ほんの短時間ではあるが、本当にもう、さみしそうな、悲しそうな顔をするのだ。
「こうやってよりそっていても、所詮、犬は犬、人間は人間」などとつぶやきながら、うっすらとしか覚えていない母犬のことなど思い出したりしているのだろうか。そうだとすると何だかかわいそうになってくる。
もしくは、「ウチの飼い主、加齢臭キツくて寝てらんねえ。犬の嗅覚でダメージ倍増」みたいなことを考えているかもしれない。
この二択から選ぶのであれば、まだ後者のほうがいいなあと思う。