CITRON.

のん気で内気で移り気で。

ミサイルのある日常。

朝の通勤電車の中で、YouTubeの動画を観ようかやめようか迷っていたのだ。あまり外で動画を観る習慣がないので、今、動画を観た場合、それが僕に与えられたデータ通信量にどれだけの影響を与えるのか予想がつかない。ちなみに動画は約20分。とてもたくさんのデータを消費するような気もするし、たいしたことないような気もする。

スマートフォンの防災情報アプリから通知が来たのはその時である。内容を確認している際中に、娘からもメールが来る。メールの内容は、まだ自宅にいるのだが普通に登校していいものかどうか、というものだ。
ネットの情報によると、避難を勧められている地域には入っていないようなので、普通に登校しても大丈夫だと伝える。

その後、入ってきた細かい情報を都度、娘にメールする。通常、娘にメールを出したとき、返信が返ってくる確率はおおむね30%くらいだと思うのだが、今日は毎回きっちりと返信がある。

そんなようなことをしていてすっかり時間が経ってしまい、結局のところ動画を観ることはできなかったのだが、それはそれとして、「ミサイルが飛んでくるという警報を心配する娘に大丈夫だよと伝える」という今朝の出来事は、本当に21世紀に起きたことなのだろうか。YouTubeとかスマートフォンとか防災情報アプリとかいう単語が入っているから最近の話のように見えるものの、なんだか困ったことになったものである。

うっかりすると、こういう事にもいつの間にか慣れてしまって、毎朝、天気予報といっしょにミサイル予報をチェックするのが当たり前になったりするのかもしれない。
それで、ICBMとかPAC3とか火星なんとかとか、ミサイル関連単語にも詳しくなり、日常会話にそういう単語が普通に入ってくる。いつだったか、ベクレルとかシーベルトとか、そういう単語にちょっと詳しくなったあの頃みたいに。
ミサイルを擬人化したマンガが描かれたり……というようなことも考えたのだが、ひょっとすると、もうそういう作品は存在しているかもしれない。

そうなると……

「ミサイルが上空を通り過ぎたからといって安心はできません。ミサイルの表面には有害物質が多数こびりついており、目に見えないそれらの物質は、ミサイルが通過するたびに我々の頭の上から降ってきているのです。それがもたらす健康被害は重大なもので、ほんのわずかでも体に付着した場合は死に至る危険性大という、信頼できる調査機関の研究結果も報告されております。
そこでこのたびご紹介するのがこの「ハイパー・リバウンド・ネックレス」です。米国NASAが開発した特殊金属「スーパー・マグネット」から作られるこのネックレスは、ミサイルから落下する有害物質を100パーセント跳ね返すことができることが、世界的権威が集うスイスの学会で発表されております。
今回、当社が誇る独自の入手ルートと徹底した中間コストの削減により、この「スーパー・マグネット」を独占して輸入、かつ、ネックレスに加工し、今回なんと発売記念価格2,000円で販売することが可能になりました。
しかしながら、世界的に注目を集めている「スーパー・マグネット」は今後価格の高騰が予想されます。ぜひとも、今回の記念価格でのお買い上げをおすすめいたします。数量限定、お申し込みはお早めに。
最近、「ハイパー・リバウンド・ネックレス」を模倣した悪質かつ粗悪な商品が横行しております。「ハイパー・リバウンド・ネックレス」は、我が世界健康救済社の独占販売でございます。くれぐれも、お間違えないようお願いいたします」

……というようなあやしげなグッズが発売されたりもするだろう。
それだけでもなかなか困ったことなのだが、もっと困るのが、そういうものを最初はうさんくさく思っていたくせに、こういう日常が長く続くと、ふと、いつのまにか、買ってしまったりするかもしれないということだ。
「テレビで紹介されてた」、「ネットの口コミでほめられてた」、「あの女優も使っているらしい」、「なんか街中でよく見かけるし」、「まあ安いから」……心のどこかが弱ってきた時、こんなような言い訳を自分にして、つい、「世界健康救済社」の通販サイトにアクセスしてしまったりするのだ。

そういえば。
今でいうガラケーが主流だったころ(大昔だ)、「通話時に耳から入ってくる電磁波から脳を守るために貼るメッシュ状のシート」とか、「貼ると電波のつかみがよくなるシール」というようなものがあったけど、あれはどの程度効果があったのだろうか。それなりに検証されていたような気もするが、よく思い出せない。

とにもかくにも、できれば僕は「ハイパー・リバウンド・ネックレス」を買いたくないのである。
でも、今よりほんの少し未来、知人や家族や飼い犬までがこのネックレスとするようになっていたら、それでもそれを買わないでいられるのかどうか、あまり自信はない。