CITRON.

のん気で内気で移り気で。

人間なんて。

今日も冴えない一日だった。
正確には、今日はまだ終わっていない。ただ、今日の分の仕事が終わったというだけだ。とはいえ、今日の残り数時間にとてつもなく素晴らしいことが起きて、冴えない一日がチャラになる、というようなことを考えられるほど強いメンタルは持ち合わせていない。元来、僕は悲観論者で、余談になるかもしれないが強度の心配症なのだ。

「ああ、やれやれだぜ」

などとひとりごとを言いながら通用口の重い扉を開け、会社を出た瞬間、信じられないくらい心地よい風が僕の体をすり抜けていった。熱風でもなく冷たすぎもせず、やや強めの風量が僕の好みにジャスト・フィット。「いい風だ」などと風の谷の住人が言いそうなことをつぶやきつつ、僕はビールのことを考えていた。
暑い日にぐびぐびと飲むビールもエアコンの効いたところでごくごくと飲むビールも美味いが、心地良い風に吹かれながらすいすいと飲むビールにはかなわない……というのは僕の個人的な意見である。今日のような絶好のコンディションの日に、それについて検証しないわけにはいくまい。

たかだかいい風が吹いただけで気分が確実に上向いてきている自分に我ながらあきれてしまうが、たとえばうだるように暑いとか、手足がちぎれるほど寒いとか、そういう状況でまともに頭が動かせないのが僕という人間だ。気温や湿度が快適じゃない状況の中で、今までどれだけ誤った選択をしてきただろう。
つまり、僕はずいぶんと陽気に影響されて生きていることになるようだ。せめてこれからの人生は、大事なことは、こういういい風の日に決めるようにしよう。
風に押されるようにして歩きながら、そんなことを考えた。