CITRON.

のん気で内気で移り気で。

才能。

たとえば、朝の通勤電車で、座席に座っていたとする。横長の、いわゆるロング・シートというやつだ。この時の、ひとりが座るために必要となる標準的な幅を1.0としよう。
僕の右隣には、幅を1.3ほど確保して座っているおじさんがいる。だからといって身体が特別大きいわけではなく、両足を大きく開いて新聞を読むのがおじさんにとっての使命かなにからしい。

僕の左隣は空いているのだが、幅がかなり狭いためにそこに座ろうとする人はいない。目測でいうと幅0.7というところだ。右のおじさんが大きく影響しているのはまあ間違いないだろう。
街中を歩いていてたまに空き地を見つけたりすると「おや、大都会東京にもこんな場所が残っていたとは」などとつぶやきつつ、ジャイアンスネ夫と草野球をしていた頃を思い出したりしてちょっと気分が和んだりもするが、この空きスペースはただただもったいない。

そんなようなことをぼんやりと考えていたところ、とある駅でおじさんが降りていった。
これを機会に土地の有効活用を試みるべく、僕は右に少しずれて、僕の左右の空きスペース幅をそれぞれ1.0になるように調整した。

おじさんと入れ替わりに乗り込んできたのは、Tシャツ短パンの若い男の人と、大きめのショルダーバッグを下げたおじいさんだ。
ふたりは僕の両脇に座り、ほとんど同時に大きく足を広げた。若い男の人は開いた足の間にかがみ込むようにしてスマートフォンをいじりはじめる。おじいさんはなにかさがしものをしているようで、ショルダーバッグの中に手を突っ込んで、ずっとごそごそ中を探っている。おじいさんのヒジが僕の二の腕あたりをぐりぐりと刺激して、なんともこそばゆい。
それにしても、ふたりとも見事な足の広げっぷりだ。もしかしたら、この開脚ポーズが、なにかの占いコーナーとかで「今日のラッキー・ポーズ」になっているのかもしれない。なんというか、それくらい迷いがない角度での開脚である。
その勢いで、僕の確保していた幅は、およそ0.8くらいになってしまった。

僕には、そういう才能がある。