CITRON.

のん気で内気で移り気で。

天気雨と壊れたコーヒー・メーカー。

朝、自宅を出るまで小雨が降っていることに気づかなかった。空はよく晴れているから天気雨というやつだ。
小雨と書いてはみたが雨量はかすかなもので、自分なりに正確な解説を試みるならば、「霧雨以上小雨未満」というところだろうか。自宅に戻り傘を取ってくるかこのまま強行突破するか一瞬迷うが、結局のところ「ええい、ままよ!」と呟いて駅に向かって歩き出した。いやまあ、そんなにかっこよく呟く必要もないのだが、ただでさえ活気の乏しい朝の通勤タイムである。これくらいの景気づけはあったほうがいい。

小雨が降ったとき、その強さがどれくらいになったら傘を使用するか、という基準は、それはもう人それぞれだ。
霧吹きをプッシュされているくらいの淡い雨でも几帳面に傘をさす男の人もいるし、「お嬢さん、あなたが手に持っているものは傘といいまして、今まさにそれを使用すればこの雨から身体を守ることができるのですぞ」と教えてあげたくなるような状況でも凛々しく堂々と濡れながら歩いている女の人もいる。
両手に荷物を持っている時などは極力傘を使いたくないだろうし、しっかりとスーツを着込んでいても「いいよもう帰り道だしどうなっても」みたいな気持ちになることもあるだろう。
ちなみに僕は男らしく「ちょっとした小雨なら傘はささないんだぜ」派なのだが、メガネが濡れるとダメである。
「今日は休日だし、今は帰宅するところだし、なんならずぶ濡れになってもかまわないんだぜ」というようなワイルドさを発揮してずんずんと歩いていても、大粒の雨がメガネのレンズにあたり、視界が悪くなったとたんに「ひいい」などと叫びながら雨宿りをして、「んもう雨の神様のバカバカ」とか呟きながらじっと空をにらんだりする。限界値はメガネのレンズ1枚につき大きな雨粒3滴というところだろうか。そもそも目が悪いので、それ以上視界が悪くなるということに潜在的な恐れのようなものがあるのかもしれない。
それはそれとして、「バカ」ではなく「バカバカ」と繰り返すとなかなか可愛らしい。自分のセリフに対して可愛らしいもなにもないものだが、これが「……バカ」だと、それはそれで別のドラマが立ちあがってくるようでなんとなくきゅんとなる(なりませんか?)。

このエピソードには続きがあり、その意表を突いた展開と驚愕のラストを目の当たりにすると、身体の震えがとまらなくなるほどのインパクトがあるのだが、残念ながらそれを書くことができなくなってしまった。

コーヒー・メーカーが壊れたのである。

今、この文章を書いている最中に、コーヒー・メーカーが壊れてしまい、僕の思考のほぼ全部が、その問題に持っていかれてしまったのだ。

コーヒー・メーカーとは、僕の中でなかなか絶妙なポジションにいるものである。
それが使えなくなったからといって死ぬわけじゃないし、今すぐ代替案を考えないと毎日の生活がまわらないということもない。コーヒーなど、やろうと思えば人力で淹れることもできるのだ。

とはいいつつも壊れたらヘコむ。

……僕にとって、コーヒー・メーカーとはそういう機械なのである。

保証期間は切れているので、修理するとしたら有償になる。それほど高級機でもないので、修理するくらいなら新品を買い直してもあまり出費は変わらない、という可能性もある。というか、そもそも出費は抑えたい。
何か打つ手はないかとインターネットを検索してみたのだが、こういう時に限って「このメーカーのコーヒー・メーカーは保証期間が切れると壊れる」とか、「メーカーのサポート最悪」とか、気持ちが暗くなるサイトばかり検索結果に引っかかるような気がする。
もしかすると、パソコンのキーボードの叩き方とかの情報がGoogleに採集されていて、「ふふふ、このキーボードの叩き方はあわてていやがるな。よし、意地悪してやれ」などと判断され、検索結果が操作されているのかもしれない。
そんなわけないか、とも言い切れないような気がしないでもなく、なんともモヤモヤした複雑な気持ちになってしまった。