CITRON.

のん気で内気で移り気で。

問題はほかにある。

昼休みに会社近くの商業施設の中を歩いていたときのことである。

前方から歩いてくる若い男性が、かなり大きな声で歌を歌っている。その顔色と徐々に漂ってくるにおいから、酒に酔っていることがわかる。
ちなみに歌っているのは『赤とんぼ』。年齢に似合わず渋い選曲である。酔っぱらい特有の「あかとーんーぼー……っとくらあ」というような崩した歌い方ではなく、まるでNHKの教育番組から流れてくるような調子で、真面目に、朗々と歌い上げている。屋根のある通路ということもあり、声が響いてそれなりに聞き応えのある歌唱になっている。要は無駄に上手い。

その歌声を聴きながら、一緒に歩いていた人が、顔をしかめて「昼間っから……」と言いはじめた。
こっちは朝から働いているのに、昼間から酒なんか飲みやがって……というような意味合いのコメントが発せられるのかと思い、続きの言葉を待っていると、その口からはやや予想外の言葉が飛び出してきた。

「昼間っから夕方の歌なんか歌いやがって。TPOをわきまえろってんだ」

夕やけ小やけの赤とんぼ
負われてみたのはいつの日か

……なるほど、その発想はなかった。
割と素直に感心したのであった。