CITRON.

のん気で内気で移り気で。

目玉からビター・テイスト。

午前半休して眼科に行く。
ここ数日、目にかすかな痛みがあり、まわりの人間の証言によると、目の充血もいつもよりグレード・アップしているらしい。同じようなことは数年前にもあり、その時の経験から推測するとそれほど心配する必要はないような気もするのだが、念のため、診てもらうことにしたのだ。

診察の結果、このかすかな痛みの原因は目の表面の「荒れ」によるものと推測された。この「荒れ」は、いまや僕のチャーム・ポイントとなりつつある充血とともに、日常的に強い目薬を点眼している以上避けられないものだ。強い目薬が、目の表面を荒らし、そこに目薬を落とすことで痛みを生む。数年前のときと同じ、予想通りの結果である。たしかその時は、目の表面を修復する成分が入っている目薬を処方され、しばらく点眼していた記憶がある。
まあ、目の内部に問題がないことがわかったので一安心といっていい。

医師との相談の結果、今回も、修復成分入りの目薬を一ヶ月分処方してもらうことになった。
現状、すでに複数(3つ)の目薬を点眼しているので、手間の面でもコストの面でもできればこれ以上薬を増やしたくないというのが今回の医師の基本的な方針らしいのたが、「最近、充血がグレード・アップ」というのが少し気になるらしい。
ちなみに今回新しく追加された目薬は、以前、処方してもらった同じ効能のものよりも、「ものすごくつけ心地が悪いが効き目は上」とのことだ。目薬との付き合いはかなり長いほうだと思っているのだが、「つけ心地が悪い(それもものすごく)」という状況がうまく想像できない。やたらとねばねばしたりするのだろうか。

ここまでの医師とのやりとりは淡々と静かに過ぎていった。
診察の最後、処方する目薬の確認のため、パソコンのキーボードを叩きながら医師はこう言った。

「じゃ、いつもの目薬に加えて、新しいのも出しますね。112本」

僕は反射的に言った。

「さすがに多くないですか」

さっきまで、目薬を3本から増やすことすら拒んでいた男が、なぜここにきて100本以上のオーダーを出すのだ。それだけの目薬、点眼するのに何時間かかるかわかったものではない。
起床時にひとつ目の目薬を点眼したとして、今回追加分112本と今まで使っていた3本の合計115本の点眼が終わるころにはランチタイムになっているのではないか。
休日ならともかく、仕事をしなければならない平日にそれだけの時間を点眼に割けるわけがない。目の治療を優先するために仕事を辞めたいと言ったら、家族は許してくれるだろうか。
いや、それよりも、だ。
それだけ大量となると、代金はいくらになるのだ。いくら保険で割引されているとはいえ、相当な大金になるのではないか。今日のところはカード決済でなんとかするとして、後日の引き落としの時、それに足りるだけのお金を用意できるのだろうか。なんといっても、そのころには治療を優先させるために無職になっているのだ。

僕が口をパクパクさせていると、その様子を見ていた医師は何かを悟ったような顔になり、ニッコリ笑ってこう言った。

「あ、一回使い切りの目薬なんで、一か月分ともなるとけっこうな本数になるんですよ。金額的にも普通の目薬とそう変わりません。要は、一か月分の目薬を小分けにしてるだけなので」

僕は反射的に言った。

「助かりました」

100本以上の目薬は、思ったよりはこじんまりとしたものだったが、会社用のカバンの隙間にはとても入らない量になった。パン屋で食パンを一斤買った上に、ついつい誘惑に負けてカレーパンとメロンパンも買ってしまった、というくらいの体積だろうか。
会社に向かう電車の中で、説明書を読む。

まず目に入ったのが、「使用後は、しばらく機械や自動車の操作は避けてください」という文言だ。この「機械」にパソコンは入るのだろうか。だとすると一日使っているものだけに点眼のタイミングが難しくなるかもしれない。感覚的にこの場合の「機械」にパソコンは入らないのではないかという気はしているのだが、避けなければならない理由が書かれていないので断定するのはまだはやい。

「点眼すると、口に苦みが残ります」とも書いてある。
目に液体をたらすと、やや離れたところにある口の中が苦い感じになる。それはいったいどんなピタゴラ装置なのだ。目も鼻も口も、顔の内部的にはつながっているのだろうからそういうことが起こるのだろうか。それにしても、味についての記載のある目薬の説明書というのはけっこう珍しいような気がする。

こんなことも書いてあった。

「一日4回点眼してください」

一日3回なら想像するのは簡単なのだが、これが一日4回となるといきなり不安になる。4回目のタイミングがわからないのだ。説明書に詳しい記載がないので、ひょっとすると一般常識的なことなのかもしれないが、残念ながらこの件について僕は解答を持ち合わせていない。あとで自分で調べるか、病院に問い合わせる必要がある。
なんだかいろいろな意味で新鮮な目薬である。そしてその上、「ものすごくつけ心地が悪い」ときた。

どういうわけか、なんかちょっとワクワクしてきた。