CITRON.

のん気で内気で移り気で。

防寒としての音楽。

4月も中旬だというのに、まだ寒い朝があるなんて。
誰にも言えない心の叫びを抱え、駅までの道を歩く。気温は10度に届かず、風も強い。垂れてくる鼻水をなんとか処理したいのだけれど、ポケットに突っ込んだ手を出す勇気がなかなか出ない。
そんな朝に、ヘッドフォンはよく似合う。
大型の、耳をすっぽり覆うタイプのものなら、風の直撃から耳を守ってくれるし、内部はほんのり温かい。おまけに、その気になれば音楽も聴くことができるすぐれものだ。

通勤時に、イヤフォンではなくあえてヘッドフォンを装着するのはそういう理由があるのである。決して、「スーツにあえて大きめのヘッドフォンをあわせるというギャップ萌え」みたいなねじれたファッション感覚で目立とうとしているとか、「音質にこだわりがあるんすよ普通のイヤフォンじゃダメな人なんすよオレ」みたいな「違いがわかる男」アピールをしたいわけではないのである。

加えていうと、ヘッドフォンをしたスーツ姿のサラリーマンが、移動には関係のない余分な動きをしているところを見ることがあるかもしれない。たとえば、左右に小さく身体を揺らすとか、縦方向に小刻みに首を振るとか、そういう動きだ。
一見、奇怪にも見えるこれらの行動だが、これもまた防寒対策である。
小さな運動を繰り返すことで体を温めているのだ。
普通に歩けないほど酔っぱらっているというわけではないから心配はいらないし、突発性のケイレンを起こしているわけでもないので救急車の手配も無用だ。

耳から飛び込んできた音楽が、脳を経由せずに直接体に作用し、そのリズムに体が反応してしまっている……というわけではない。
断じて、

「あのおっさん、ひょっとしてノッちゃってるんじゃねえの? 何聴いてんだかしらないけど、歳を考えろっつーのwww」

という状態ではないのである。

……ということにしていただいて、今後、「そういう人」を見かけた際は、あわてず騒がず見て見ぬふりをしていただけると、こちらとしては大変助かるのである。
これでも、スーツを着ているときはなるべく大人しく歩くように心がけているのだ。ただ、音楽が体に作用する力というのはけっこう抵抗するのが難しく、無意識に体が反応してしまうことがまれにある。

「しまった。また無意識にエビぞりジャンプをしてしまったけど、知っている人に見られたりしてないよな」

などとつぶやきながら、着地したポーズのまま赤面してあたりを見回したりすることがいまだにあるのだ。
こういう状態の時は、身も心もかなりホットになっているので、防寒という視点から考えると、悪いことではないのだが。