CITRON.

のん気で内気で移り気で。

桜の樹の下には。

会社近くの公園にある桜の木の下には、大人の男がひとり。
スーツを着て、ブルーシートの上に座っている。
その表情からは彼の感情は読みとれず、そばを歩く人たちの視線を浴びながら、静かに座っている。

花見の場所取りなのだろう。

そこは、毎年この時期の夜になると、近くの会社の人たちが花見をする公園なのである。
場所取り氏を発見したのが朝の8時ちょっと前。
彼の待機活動は、あと何時間続くのだろう。定時が18時だとすると、10時間ちょっとというところだろうか。

もし、自分が場所取りを命じられたら。

10時間、じっと待機しろと言われたら。

じっとしているのはわりと得意だ(と思う)。
待っている間、好きな本を読んでいたりしてもいいのだろうか。
ましてや、ビールなんかを飲みながら待機をしてもいいのだろうか。
昼間に飲むビールというのはなかなかいいもので、その上、他の同僚たちが仕事をしている状況でそれが許されたら、けっこうたまらんものがあるのではなかろうか。
もしそれが許されるのであれば、僕なら、
「諸君ご苦労。せいぜいキリキリ働きたまえ」
などと言いながら、会社のビルに向かって乾杯くらいするかもしれない。

考えれば考えるほど、10時間待機が楽しいことのように思えてきた。
今にして思えば、考えが甘いにもほどがあるのだが、朝の時点では、場所取り氏のことをちょっとうらやましいとまで思っていたのである。

仕事が終わり、会社から出た瞬間、僕は自分の甘さを痛感した。
雨が降っていたのである。
例の公園にはブルーシートはなく、当然、場所取り氏もいなかった。
もしその状況でもなお場所取り氏がいたとしたら、それは明らかに何らかのハラスメントだろう。

今日の結論は「花見の場所取りは甘くない」だ。
一瞬でも、「ちぇっ、いいないいな」などと思ってしまった場所取り氏には、謝りたい気持ちでいっぱいである。

ところで。
その公園の近くにある歩道橋に、桜の花が自分の目の高さで見えるポジションがある。
歩道橋の階段部分の上に、そばに植えてある桜の枝がはみ出してきているところがあるのだ。
遠目に見る桜の木もいいが、歩道橋の階段から、至近距離で見る桜の花も可愛らしくて大変いい。
なんとも不思議なもので、桜を見ると、ほとんど条件反射的に、
「桜はいい。ああ、いいともさ」
……などつぶやきながら、ぼんやりした気持ちになる。まあ、ぼんやりするかどうかは人によって違うだろうが、世の中に桜が好きな人が多いからこそ、春になると街の景色のあちこちがうすピンク色ににじむのだろう。
会社の帰りに確認した時の印象から予想すると、満開まであと二日、というところではないだろうか。
週末、たくさん雨が降らないといいのだけれど。