CITRON.

のん気で内気で移り気で。

ガンダム大地に立てず。

ネット通販でつい買ってしまったガンダムのフィギュアがなかなかいい。あちこちの関節が実によく曲がり、ありとあらゆる……とまではいかないかもしれないけれど体のあちこちが動く動く。
こういう文章を書いている時のふとした合間や、録画した番組をだらだらと観ている時などについついぐねぐねと動かしてしまい、妙なポーズをとらせるのがちょっとしたクセになってしまった。

この面白さをぜひ会社でも、と思ったわけではないのだが、先日、このぐねぐねガンダムを会社に持参してみた。「誰か」の机の上にこれを(それもしっかりとポージングさせて)置いておいたら面白いのではないか、と思ったのだ。「誰か」が出社して、パソコンのスイッチを入れようと机上に視線を落とすとそこにガンダム。それも、シールドで顔を隠し、ビームサーベルを低く構えるという、なんとも臨場感あふるるポーズだ。その「誰か」がガンダムを知っていて、ある程度「しょーもないこと」に理解があれば、そこそこ面白がってくれるのではないか。僕は出社する時刻がはやいので、その手の細工はわりとやりやすいのである。

僕は内面的には常にふざけた人間なのだが、時々、実際の行動としてとてもふざけたことをしたくなる時がある。その行動力の源は「これをやったら面白がってくれる人がいるのではないか」という前向きな理由と「これがふざけずにやっていられるか」という後ろ向きの理由の2種類に分類され、今回の場合でいうと、前向き80パーセント、後ろ向き20パーセントくらいの配合になる。
いい歳をした大人が気持ちを込めてふざけることはあまりない(当社調べ)ようなので、このへんの説明をうまくやる自信はない。これはもう、そういう時がたまにあるのだ、としかいいようがなく、いざふざけるぞと決めた瞬間から、それなりに作戦を立て、計画的にふざけることにしている。逆に言うと、僕は無計画にふざけるのは苦手みたいで、たとえば、成人式のイベントで暴れる人たちみたいなふざけ方はどうやらできそうもない(いや、彼らは彼らなりに計画的にああいうことをしているのかもしれないけど)。

事前に「誰か」の選定を行い、ガンダムのポーズを決め、持っていく武器といっしょに袋状のジップロックに入れる。
会社に到着後、まずは自分の席に座り、いつも通りパソコンのスイッチを入れる。
机がまとまって並んでいる単位のことを「島」と呼ぶのが一般的なオフィス用語なのか業界用語なのか方言なのか知らないが、とにかく「誰か」の席は隣の島にある。僕はカバンからジップロックを取り出し、すばやく「誰か」の席に向かう。堂々と移動すればいいのだが、なんとなく姿勢が低くなり、遠目に見るとダメな忍者(それも見習い)みたいに見えていたかもしれない。
「誰か」の席に座り、ジップロックからガンダムを出そうとした瞬間、視界の左側に人の気配を感じる。かすかに顔を上げると、その島で一番えらい人が、既に出社しているではないか。これは大変な非常事態である。いつもなら、その「えらい人」はまだ出社していない時刻のはずなのだ。
「えらい人」の頭がこちらを向いたような気がするが、目が悪いので、「えらい人」の眼差しがこちらを捕捉したかどうかはわからない。わからないとはいえ、それほど遠い距離でもないので、おそらく気付いているに違いない。
この場合、「えらい人」の脳裏に浮かんだ疑問は以下のふたつのうちのどちらかだろう。

①あの人(僕の事だ)、他人の席で何やってるんだろう。
②あの人(僕の事だ)、席はあそこだったっけ。

①の場合、僕の仕事をする態度に問題があるということになるだろうし、②の場合、僕の仕事場での存在感に問題があるということになる。あの「えらい人」、突然お腹が痛くなって早退とかしないかなと思い、一応熱心に念を送ってみたのだが、世の中はそうそううまくいくものではない。

とはいえ、せっかくここまで来たんだし、このままガンダムを持ち帰るのも悔しかったので、「えらい人」のことはひとまず見なかったことにして、その代わり、「えらい人」から死角になりそうなところにガンダムを設置するという作戦を実行する。
ジップロックからそれをそっと取り出し、ビームサーベルを持たせ、ポーズを作ったあと、しかるべき場所に設置する。そして、僕はとてつもない事実を知ることになる。

「オフィスでガンダムは想像以上に浮く」

……のだ。
そりゃあ仕事にはまったく関係ないものだし、机の上である程度の違和感を発揮するとは思っていたのだが、ここまでだとは思わなかった。リビングのテーブルに置いたのとはレベルが違う違和感で、まったく風景に溶け込まない。
出社したばかりの人間が、早々に他人の机に置いてあるものに注目するということもないだろうから、設置さえ完了してしまえば、意外と人目につかないだろうとタカをくくっていたのだが、青赤黄色白で構成されたあの物体は、数メートル先からでも気づかれそうなワンポイント感がある。もしも想定外の人間が先にガンダムに気付いたら、「誰か」に迷惑をかけてしまうのは間違いない。

結局、ガンダムは別のところ、つまり、人目につかないかわりに「人を面白がらせたい」場合にはかなり不向きな場所に、ポーズもとらず寝かされることになった。キャビネットと机のすき間、という場所の制約上、立たせることができなかったのだ。
そのすき間を見つけた時にはそれなりの高揚感があり、収めるべきものを収めた後はそこそこ達成感もあったのだが、総括すれば、何をしたかったのかよくわからない状況になってしまった。
↑あまりにも関節がよく動くので『動く、動く』のポーズをさせてみた。