CITRON.

のん気で内気で移り気で。

God only knows.

朝、自宅を出ると、どこからか消防車のサイレン音が聞こえてきた。
あたりを見回すと、どこからか、というより、四方から聞こえていることがわかる。どこかで火事でもあったのかと思った瞬間、目の前の通りから消防車が現れた。薄暗い朝の光の中、真っ赤なボディが目にまぶしい。
後方から聞こえてくるサイレン音が大きくなったので振り返ると、少し離れた曲がり角からまた消防車が現れる。
つまり、サイレンを鳴らしながら現れた車両に道の前後を抑えられる、という位置関係になり、サイレンを鳴らす車両が消防車ではなくパトカーだったら、あわてた様子で前後から迫ってくる車両を交互に見つめている僕は、街中を逃げ回る犯人のようだ。

しかしこれは消防車である。今の状況が、消防車に僕が追われているということなのであれば、
「もしかしたら、気付かないうちに僕が炎上しているのか。文字通りの意味で」
という可能性もゼロではない。
一応、体が燃えていないか点検した方がいいのかな、というようなことを一瞬だけ考えたのだが、消防車の目的地は僕ではなく、自宅近くの小さなビルであることがわかり、外しかけていたコートのボタンを留め直した。

通りの向こうから別のサイレン音も聞こえるし、その中にはパトカーの音も含まれている。付近の住民たちが数人、様子をうかがうように外に出てきた。
僕の目で見る限り、その小さなビルから煙も炎も見えないのだが、消防車は続々と集まってくる。このビルがもしも火事だったとしたら、風向きによっては僕の自宅に火の粉くらい届きそうだ。
僕は自宅に電話をして、家族に状況を説明した。しばらく、外の様子に気をつけていたほうがいいだろう。

昼過ぎに家族から来たLINEによると、例の消防車たちは、娘が登校する頃にはきれいにいなくなっていたらしい。僕が見たあれは、いったいなんだったのだろうか?

ところで。
今日はいつもより早めに退社する人が若干、気持ーち多めのような気がする。
今日がホワイトデーということと関係があるのだろうか?

退社後、某繁華街のデパ地下に向かう。
家族用の「あまいもの」を買うためだが、目を付けていたお店はどこも大人気で、その中には、
「お買い物待ちの列の最後尾は、このフロアの反対側にある階段を下りて地下2階です」
というところもあった。
早々に人気店はあきらめて、「他の店と同じように美味しいものをそろえているのに何故かそれほと混んでないお店」を探す。不思議なもので、デパ地下の「あまいもの」フロアにはそういうところがいくつかあるものなのである。
フロアを2周して各店を点検し、待ち人数ふたりくらいのお店でシブーストとチーズタルトを買う。どちらも家族が好きだったものだ。「今まで買ったことのないお店で買ってみました」というようなワクワク感がないのは少し残念だが、間違いのなさそうな選択ではある。
ある時期、家族にケーキを買うときは、かなり高い確率でこのお店のシブーストを選んでいたような気がするのだが、最後に買ったのはもう相当前のことだ。
果たして、ケーキの箱を開けた家族は、「おお、これはあのシブースト」と懐かしがるだろうか?

なんだか疑問形ばかりの日のようになってしまったが、あまり意識してはいないけれど、実は毎日なんらかの疑問形が生まれ、心か頭のどこかに少しづつたまっているのかもしれない。
世の中、小さな謎ががいっぱいだ。
今日買った数年ぶりのシブーストだって、食べた家族が喜ぶがどうかは、実際に口にしてみないとわからない。
そもそも、自分のことすらよくわからないような気がする。
わからないことだらけの世界の中で、自分がわかっていないということがわかるというのはけっこう大切なことだと思う。

……というようなことを書いておくとなんとなくそれっぽいような気がする。「それ」が何を指しているのかよくわからないが、ひとまず、なんとなく真面目そうな雰囲気が出ていればこっちのものだ。