CITRON.

のん気で内気で移り気で。

ぼくらが旅に出る理由。

会社の帰りに大きなバッグを買う。

娘の修学旅行が近いのだ。5、6泊分の荷物が入るバッグが必要になるのだが、我が家にはそのようなものがない。なければ買うしかないわけだが、基本的に出不精ファミリーの我が家で、このようなバッグを買ったところでなあ……という気持ちにならなくもない。娘が旅行から帰ってきた後、出番があるのだろうか。

実際に手にしてみると「5、6泊分の荷物が入るバッグ」は実にデカい。旅行慣れしていないからか、これだけ大きなバッグに何を入れたらいいのか、うまくイメージが浮かばない。
涙ぐみながら、身の回りのものを手当たりにバッグ詰め込んで、

「実家に帰らせていただきます!」

……けっこう考えて出てきた光景がこれだ。
もしも僕がこういう状況に追い込まれることになったら、ぜひとも犬は入れていきたいところだ。バッグの天井にあたる部分に穴を開けて、首が出るようにしておけば怖がらずに入ってくれるのではないだろうか。
まあ、仮にそうだとしても買ったばかりのバッグについて想像する内容ではない。

底面についた車輪を転がして、コロコロと家路につく。さすがに新品だけあって、車輪の回転はとてもスムーズで、歩いているうちに少し楽しくなってくる。

持っている手を替えたり、ハンドルの長さを変えたりしながらコロコロと歩いているうちに、ふと、「旅をしようかな」というようなことを思う。
旅などほとんどしたことはないのだが、まったく興味がないわけではないのだ。ただなんとなく、きっかけがないまま今に至る、のである。

僕ほど旅の経験が少ない人間ならば、どこに行ってもわくわくどきどきと楽しくなるような気がする。
日ごろ乗らない電車に乗っただけで背筋がぴんと伸び、まして新幹線や飛行機に乗ったりしたら、座席に正座くらいしかねない。

新しいペンを手に入れればむやみになにか書きたくなり、新しいクツをはけばあちこち歩きまわりたくなるのが人間の習性であるならば(そうなのかな)、新しいバッグを引っ張っているうちに旅に出たくなるのもそうおかしな話ではない。なんだか順序は逆かもしれないけれど。

さてさて、どこに行くことにしよう。