CITRON.

のん気で内気で移り気で。

くるみのパン。

朝、会社に行く途中、くるみのパンを買うことがある。
それは会社最寄り駅の構内で売っていて、ごつごつとしていて、丸くて、中にくるみが入っている。まあ、「くるみのパン」というくらいだから、そりゃあ入っているのだ。
お値段170円。大きさは大きめのシュークリームくらい。
これがとても美味しい。

常日頃、朝食を取る習慣はないのだが、時々、「今日はくるみのパンが必要だ」という朝がある。大ざっぱにいって「ちょっと余分目に栄養が必要」とか「美味いものを食いながらでもなければやっていられるか」というような事情、つまり、不本意ながら始業時刻前から作業を始めていなければならない場合に、僕の脳内にある「くるみのパン必要ランプ」が点滅することが多い。
僕はだいたい始業の1時間くらい前には会社に到着しているのだが、出社してすぐに自席に座ることはなく、基本的には休憩室でぼんやりと本を読んだり、ぼんやりと文章を書いたり、まあつまりはぼんやりと過ごしていることが多い。
そういうぼんやりとした人間が始業前に自席に座るというのはよほどのことで、それはつまり「なんか知らんがふと気づくと作業が溜まっていた」ということを指す。それほど難しい作業をしているわけでもないのだが、よほど手際が悪いのだろう。

始業1時間前のオフィスにはまだあまり人はいない。
逆にいえば、少数ながら一定数の人はいて、作業をしたり、新聞を読んだり、仮眠していたり、ひたすら携帯を触っていたりする。僕は手際が悪い上に不真面目かつ気が小さい人間なので、作業以外の時間をオフィスで過ごすと落ち着かない気持ちになりすぐさま出口に向かおうとしてしまうのだが、こればかりは人の好みというものだ。
そういう意味では作業があるからとはいえ始業1時間前にオフィスにいるというのはかなり不本意な事態なわけで、そういう日が続き、不本意係数が高まってきた時に投与されるのがくるみのパンなのである。

しかしこうして脳内で生成される言葉を正直に偽りなく書き連ねていると、自分がものすごくダメな人間に思えてくる。マイナス要素の多い言葉の意味を逆転させる魔法の言葉として「いい意味で」を使用するのはよく知られていることだが、今回の場合、それを適用すると、

「いい意味でダメ人間」

……なんとも微妙な風合いになってしまった。

まあそれはそれとして。
朝、人のあまりいないオフィスで作業をしながら黙々と食べるくるみのパンは美味い。
なんだかもう、この世で一番美味いのではないだろうか、と錯覚してしまうくらい美味いのだ。
人目に触れないのをいいことに、左右の手でキーボードを叩きながら、ちぎったパンをくわえて作業をすることもある。カタカタと叩かれるキー。口からはみだしている部分が徐々に少なくなっていくパン。

それはつまり、砂漠で飲む水のようなものなのかもしれない。
どんだけ仕事が苦手なんだ、という話ではある。