CITRON.

のん気で内気で移り気で。

青信号でも立ち往生。

ヘッドフォンをつないで音楽を聴く機械、Apple製品ならiPodだし、ソニー製品ならウォークマンと呼ばれるそれらの総称を、昨今は「デジタル・オーディオ・プレイヤー」とか、それを略して「DAP」とか、そんな風に呼んだりするらしい。個人的にしっくりくるのは「ヘッドフォン・ステレオ」という呼び方なのだが、そういう言い方は今、通用するのだろうか。

それはさておき、会社からの帰り道のことである。
いつものようにヘッドフォンで頭を挟み、いつものようにDAPの再生ボタンを押し、いつものようにヘッドフォンから流れてくるゴキゲンな音楽たちを待ちかまえていたのだが、ウンともスンともいわないのだ。画面を見ると、そこには、

「再生できません」

という宣言。
ちなみに初対面のメッセージだ。
会社そばの公園を通り抜けながら、左手の指をフル回転させて、ありとあらゆるボタンを押してみる。「ありとあらゆる」といったところでたかがしれているので、ヘッドフォンを抜き差ししたり、メモリーカードを刺すスロットに息を吹き込んだりもしてみる。
なにかするたびに画面を確認するのだが、表示されるのは相変わらず、

「再生できません」

で、先ほどと違うところがあるとすれば、その文字が点滅するようになった。こういう時の点滅は、なんだか不吉な兆しのような気がする。
そんなことをしている間に歩行スピードはどんどん落ちていき、公園を抜けたところにある横断歩道は青信号であるにもかかわらず、ついに僕は立ち止まった。歩きながらのチェックでは気づけなかったような「いつもと違うところ」がないものか、よくよく観察することにしたのである。それと同時に、DAPの再起動を決行する。
本来DAPとは音楽を再生するくらいしか仕事のないもので、パソコンとかスマートフォンのような、いろいろな仕事ができる分仕組みが複雑になり、複雑であるが故に時々頭がこんがらかっちゃうことがあり、それをチャラにするために再起動が必要になる……というような機械とは少し性格が異なるもののような気がするのだ。正直にいえば、そこにある音楽を再生するくらい、へそを曲げずにとっととやりたまえ、という気分なのである。
このDAPの製品名はプライベートというのだが、そう名乗るのであれば、退社後の僕のプライベート・タイムにおける音楽の役割について、ぜひぜひ配慮して欲しいところだ。

再起動の操作を行い、DAPが息を吹き返すのをじっと待つ。
画面にメーカーのロゴを表示した後、

「よう、しばらく」

といった雰囲気でいつもの画面が表示される。
僕は祈るような気持ちで再生ボタンを押し、画面に表示された、

「再生できません」

の文字にため息をついた。
再起動で好転するような問題でもなかったらしい。
信号はいつの間にか赤に変わり、そして僕は途方に暮れる。