CITRON.

のん気で内気で移り気で。

袖丈アシンメトリー。

左腕にアームバンドが装着されていないことに気づいたのは昼休みの時だ。
僕は腕の長さが標準よりやや短いようで、着るワイシャツによってはアームバンドで袖の長さを調整している。今使っているものは、細いコイル状に巻かれた金属線を輪っかにしたような形状のものである。
「落としたのだろうか」と思ってはみたものの、伸ばしたコイルが縮まろうとする原理を利用して腕に止まっているという仕組みと、普段使っている時の締めつけ具合を考えると、そう簡単には落ちないような気はする。ただ、仮に落ちたのだとしたら、それに気付かないというのはちょっと問題だ。
普段の生活の中で、アームバンドの装着感が気になるということはほとんどないとはいえ、腕を軽く締めていたものが落ちたのである。なんぼなんでも鈍感すぎるだろう。皮膚の触覚センサーか、金属の落ちた音にも気付かない聴覚センサーか、とにかくそこらへんの器官が怠惰すぎるとしか言いようがない。

思い出せる範囲で今日の行動範囲をチェックしてみたもののアームバンドは見つからなかった。ないと困るものなので見つからなければ買うしかないが、この手のアイテムは片方だけでは買えないような気がする。金額的にはそれほど大きな出費ではないもののなんとなくもったいない。

ところが、だ。
ああもったいないもったいないなどと呟きながら、うつむき気味に帰宅した僕は、リビングのテーブルにちんまりと置いてあるアームバンド(左腕担当)を発見することになる。
これはいったい、どういうことなのだ。
いや、この状況から推測すれば、アームバンドを右腕だけに装着して会社に行ってしまったのだろうということはわかる。問題はそこではなく、
「なぜ片方だけなのか」
というところにある。
アームバンドとのつきあいはそれなりに長いのだが、今回のような事例は多分はじめてだ。装着前のアームバンドはふたつそろえて所定の場所に置いてあるので、片方を装着した後にもう片方のことを忘れてしまうというのは(もちろん可能性としてはあり得なくはないが)なかなかレアなケースのような気がしてならない。

片方を装着した直後、なにかとんでもない事件が起きて、事件が解決したときにはもう片方のことをすっかり忘れてしまった、とか、今朝に限って「今日は右だけでオーケー、オーケー、問題ない」などと確信するような啓示を受けてしまったとか、色々と想像を巡らせてみるのだが、何が原因であっても、僕、もしくは僕の周囲の何かが心配なことになっているということに変わりはないようだ。
こうなるともう、何から手を付けていいのかわからない。