CITRON.

のん気で内気で移り気で。

北東京ストレイ・キャッツ。

季節柄、ネット・サーフィン(これってもはや死語なんですかね)しているとそこかしこで桜の写真を見ることになる。関東では、今週末あたりがお花見のピークということらしい。
天気もイマイチだったので、今日はウチでおとなしくしていようと思いつつパソコンなぞいじっていたのだが、あちらのサイトにもこちらのSNSにも桜が咲いているのを見て、さすがに、

「桜の写真大杉でワロタwww ワイの花見はこれで終了」

……というほどサイバー化されてもいないので、買い物をする用事を作って、そのついでに桜さがしをしてみることにした。そういえば、コーヒー豆の安売りをしている店が、日曜は定休日なのだ。
とある地方都市出身の人から聞いたのだけれど、東京の町なかは比較的桜が多いらしい。その根拠と真偽はよくわからないけれど、たしかに歩いていると「おお、ここにも一本、あそこにも一本」という具合に、ちょいちょいとうすピンクを発見することができる。その下にビニールシートを敷いてビールを飲む、という夢をあきらめることができれば、わりとあちこちで花見はできるのだ(純粋に「花を見る」という意味で)。

僕は、方向オンチのわりにはちょっと路地を見つけるとそこに飛び込んでしまい、その結果、道に迷うということが多い。「ああ、この路地に入ったらきっと道に迷うだろうな」と思いながら迷子になるので、ある意味、趣味として道に迷っていることになる。
どうしてそんなことをするのか自分でもよくわからない。安上りに探検気分を味わいたいのだろうか。この探検には、命にかかわるようなスリルはないが、「ああ、このままだと晩ごはんに間に合わないかもしれない」というくらいのドキドキ感はある。そういう意味で、携帯電話にGPSが内蔵されたことを、おそらく世界で一番喜んだのは僕ではないかと思われる。致命的なまでに迷いまくってしまった時の復旧作業がGPSのおかげでどれだけ楽になったことか。自分内ルールでは、GPSに頼った時点でゲームとしては負けになるのだが、さすがに見知らぬ路地裏に一泊するわけにはいかない。
ちなみに、いうまでもないことだが、こんな趣味につきあってくれる人はいないので、道に迷う場合は、ひとりでやることにしている。

道に迷っている最中のことなので、それがどこの路地のことなのかよくわからないのだが、とある電柱に迷い猫の張り紙があった。
その紙には、猫の写真と共に、その特徴、連絡先などが箇条書きで書かれていて、一番最後は、

「必死でさがしています」

という一文で結ばれている。
飼っている動物がいなくなるというのは、かなり大変なことだ。彼らは、弱くて、日本語も通じなくて、お金も持っていないのだ。それが自分の目の届く範囲にいないというだけで、どれだけ不安になるか。
おおげさな話でもなんでもなく、この飼い主は必死なのだろう。
なんとか協力できないものかとあたりを見回してみても特に猫影はない。そこで、ここから帰宅するまでの道すがら、猫の隠れていそうなところをチェックしながら歩くことにした。こんなことが「協力した」ということになるとは思えないのだが、他にできることも思いつかなかったのだ。
猫チェックをしようとすると、自然と他人の家の庭先とか、塀の上とか、自動車の下とか、そういうところを覗き込みながら歩くことになる。これを書きながらふと思ったのだが、付近の住民のみなさんには、泥棒が次に忍び込む家を選んでいるように見えたかもしれない。不安な夜を過ごさせてしまったとしたら、大変申し訳ありませんでした。

もし、これが物語で、僕がその主人公だったなら。
次の角を曲がったところで偶然猫を見つけ、追いかけているうちに何かの事件に巻き込まれたりするのだ。

たとえば…………

左手に迷い猫を抱え、右手にはずっしり重いボストン・バッグ。さっきチラリと中を見た限りでは、中はぎっしり一万円札。
黒づくめの男たちからうまく逃げ切れたら、この状況を整理しなくては。

「猫に小判って、こういう状況だったっけ?」

足早に歩きながら、僕は小さくそうつぶやく。
左の手の中から、返事をするように、にゃーという声が聞こえてきた。

……というような。

命に別状がなくて今日中に帰宅できてあまり怖くないという条件なら事件に巻き込まれてもいいので、迷い猫が見つからないかなあ、などと思いつつ、そう思う自分にややあきれたりもした。そう思ってる最中はけっこう本気だったりするのが我ながらイタい。
僕はどうも、考え事をしていると、役に立たないアイデアから先に浮かぶ体質のようなのだ。

歩いているうちに偶然見つけた公園の桜をぼんやり見上げながら、ふと、

「すべての迷子が無事に帰れますように」

というようなことを思ってみた(当然、ここには自分自身も含まれている)。
これから花を散らせて、来年の準備に入らなければならない桜にとってはいい迷惑だったかもしれない。

「すいません。今ちょっと来年に向けて集中したいとこなんで、そういうお願い関係はちょっと……。というか、正直申しまして、我々は咲く専門で、ええ。お願い系はぶっちゃけ不得意というか。
どうしても樹木系にお願いしたいのであれば、七夕まで待っていただいてですね。ええ、短冊とか書いてみるのが、まあ、我々としても違和感がないというか」

……ああ、またなんの役にも立たないことを考えてしまった。